2019年10月16日から20日までの5日間にわたり札幌市内で開催されたクリエイティブコンベンション、NoMaps2019。
マサチューセッツ工科大学メディアラボ副所長・石井裕さんの「北大『ニトリ未来社会デザイン講座』presents MITメディアラボ副所長 石井裕 スペシャルキーノート〜未来競創〜」取材してきました。
取材・撮影・構成 : 木村綾 取材日 : 2019年10月16日(水)
石井裕さんとMITメディアラボ
石井裕さんは、東京生まれ北海道育ち、札幌南高校・北海道大学のOBです。日本電信電話公社(現在のN T T)に勤務ののち、1995年にMITメディアラボの教授に就任、タンジブル・ビッツの研究が世界的に評価され、2001年にテニュア(終身在職権)を認められ、現在メディアラボ副所長を務めています。
マサチューセッツ工科大学(MIT)は、世界大学ランキング1位、アメリカの名門私立大学です。メディアラボはその中に設置された研究施設で、「人間とテクノロジーの協調と交流」「よりよい未来のためのテクノロジーデザイン」などをミッションとした450を超えるプロジェクトが進められています。
タンジブル・ビッツとは
情報は、コンピューター上でピクセル、小さな色情報として表現され、目で見ることしかできません。またコンピューター操作も、マウスやキーボードなど道具を使うことが一般的です。
石井先生の研究は、情報をタンジブル(tangible:有形)にする、形を持たせ、人間とコンピューターの境目をなくそうとするものです。ここからは、講演内容を抜粋しお届けいたします。会場では、これまでの研究内容が動画で紹介されました。これらはVimeo上で公開され誰でも無料で見ることができます。
MITへのきっかけ、クリアボード
石井:ガラス板を通して、離れた場所にいるメンバー同士が、話しながら描き合うような対話空間と共同作業空間を作ろうとしたものが、「クリアボード(CleaBoard)」。NTT時代のこのプロジェクトは、Dynabook構想等で有名なアラン・ケイの目に留まり、MITにスカウトされた。
打診は「MITの学生ではなく教員にならないか」、という内容で、オファーを受けるのは無謀にも思えたが、思い切って飛び込んだ。それまでは、企業の研究者として情報通信、グループウエアをテーマにしてきたが、MITでは全く新しいチャレンジが求められた。当時も今も、コンピューターや情報通信のメインストリームは、グラフィカル・インターフェース。しかし自分は、生き延びるための新しいジャンプとして、タンジブル・ビッツをテーマに据えた。今まで誰も切り開いたことがない領域を研究するというのは、現在の延長を描いて夜空にサーチライトを照らし、飛行船を待つようなイメージ。
タンジブル・ビッツは、技術ではくビジョン。論文は、ビジョン・ペーパーなので、工科大学において学術的に評価されない懸念があった。でも、査読した故・マーク・ワイザーが理解してくれた。ワイザーの提唱した「ユビキタス・コンピューティング」も、本来は場所や使いにくさといった制約をなくし、人の生活に織り込まれること究極の姿とするコンセプトだった。しかし、どこからでもコンピューターを利用できるなど、誤解されて広まってしまっていた。
ワイザーが、「タンジブル・ビッツは、ユビキタスの誤解を止めうる。コンピューティングの真のビジョンである」と後押ししてくれたため、今日の世界的な評価につながった。
タンジブル・ビッツを形にしたものとして、「ミュージック・ボトル(music bottle)」がある。当時、亡くなった母に思いを馳せ、幼少期の思い出や届かない彼女へのプレゼントとして表現したもの。コンピューターの知見がなくても、瓶の蓋の開け閉めのように日常の動作の延長で、誰でもすぐに使えるコンピューティングとして形にした。
ビジョンの進化、人々にビジョンやプロジェクト成果を知ってもらうには
石井:タンジブル・ビッツの先のビジョンとして「ラディカル・アトムズ(Radical Atomos)」を2012年にスタートさせた。このビジョンは、国際展示会Ars Electronicaの2016年テーマになってから、ブレイクを果たした。
世界には2つのマテリアルがあり、1つは固まったもの原子(アトム)、もうひとつは触ることができないピクセル。原子(アトム)も、ピクセルのように無限の可能性を持って流動的に操作できないかというのが、「ラディカル・アトムズ」。
ラディカル・アトムズを形にしたプロジェクトの1つ、「bioLOGIC」は納豆をベースにしている。納豆からバクテリアを取り、液体にして布にプリントしている。ダンサーの発汗を計測し、最適パフォーマンスとなる衣類の開きを計算した上で、液体の量を計測して衣類に印刷する。発汗により衣類が開くというロジック。
論文を書いたり特許をとることも大事だが、ビジョンや成果を人々に認知してもらうことも重要。人にインスパイアを与えられるか。
「bioLOGIC」は、制作したウエアをマネキンに着せて展示するよりも、プロのダンサーが着用し、人の目の前で踊る、発汗しウエアに変化が出てこそ、美しいもの。その様子は、まるで納豆バクテリアも一緒にダンスしているかのようだが、論文に文字上にはとても表現できない。サイエンスとして論文を書くだけでなく、どのように人に伝えるかにおいて、アートとの融合はとても有効。
ユニークな研究はどのように生まれるか
石井:アート、デザイン、サイエンス、テクノロジーはそれぞれ違う。しかし、自分は、種となるアイディアを4つの領域を回遊させ、天に向けてグルグル高めて行くようにすすめている。まるでバベルの塔を登っていくようなイメージ。誰も見つけていないものを創るには、アート、リベラルアーツ、テクノロジーの理解が必須。
常に考えているのは、どんな夢を形にして後世に残したいのかということ。自分が亡くなった後の未来、例えば2200年、何を残したいか。一人ひとりの寿命は有限だが、未来は無限で、我々は未来に対して責任がある。
南高・後輩たちから石井先生への質問
この講演の前に、石井先生は母校・札幌南高校でも講演を行なっていたとのこと。会場には、南高生が何十人も来ており、高校での講演の後そのまま石井先生に付いてNoMaps会場まできたそうです。
南高生:私は文系コースに進みましたが、時代を作るのは理系じゃないかと思います。自分たち文系は、理系の人について行くのかなと。創造しない文系人間は、この先どうやって働いていけばよいですか。
石井:まず、大きな誤解があると思う。ラベルを貼らないこと。私も、「エンジニアなんですか?アーティストなんですか?何者ですか?」とよく聞かれるが、あらゆる役割を演じられる人間でなければ、これから生きていけない。そもそも、理系・文系の切り分けが間違っている。
倫理(ethics)とAIは、かつて別の分野だったが、今や2つは切り離して進められない。これまで定義されてきた学術・産業領域は、使命や目的のための手段でしかないということ。
「何のため」なのか自分の使命や目的を描くことが最も大切。そこに知性・命をかけて、働くこと。サイエンス・テクノロジー・文学、全てが大事。とにかくあなたは、今日から「自分は文系です」というのをやめること。今いる札幌南高校やこれから所属するチームで、出会う仲間と夢やロマンを語り合ってほしい。
取材を終えて
情報と情熱が盛り沢山、学びの多い大変貴重な講演でした。南高生たちが、「もっと聞きたい」と思って講演をハシゴした気持ちは、とてもよくわかります。
学者といえばロジカルな印象がありますが、石井先生は詩的でロマンチックな表現の多い方でした。ビジョンやプロジェクトの作品にも現れていましたし、根底には、研究生命を支えてくれたあらゆる人、ご家族、同僚、研究室の学生への感謝と愛情があることが感じられました。
それから、ハイリスクな未踏領域を自ら描いて進んできたエネルギーの源は、人類のよりよい未来に貢献しようという使命感だということも、大変印象的でした。エネルギーの大きさと崇高さに、私も身の引き締まる思いでした。こんなに素晴らしく魅力的で、世界のスーパースターが、札幌出身だなんて本当に嬉しく誇らしいことです。
今回の講演を聞くことができなかった方も、プレゼンテーションが無料で公開されていますので、ぜひご覧になってください。日本語・英語、どちらもあります!
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